2015/16 年度キュレーション・トピック


変容する舞台 : 民主主義を翻案する


アジア各国で民主主義を希求する運動が、さまざまなかたちで浮上しています。2015/2016年度のScene / Asiaでは、「西洋型民主主義こそが理想」という拙速な結論に「待った」をかけ、アジアのパートナーと議論を展開。アジア各国の芸術作品と社会理論を紹介していきます。

Directors Comment
  • 6.2016 Korea
  • 8.2016 Singapore
  • 10.2016 Japan
  • 1.2017 Taiwan
  • 3.2017 China

中国

China

社会主義思想といまだ複雑に格闘する、現代中国アート

「民主主義を翻案する」というテーマを掲げたキュレーションに、中国作品を選出すること自体に無理があることは承知している。Scene/Asia中国メンバーであるルイジュン・シェン(広東時代美術館チーフ・キュレーター)も明言するように、中国は西洋型民主主義を採用しておらず、過去百年間「伝統的な一族」によって支配されてきたようなものだからだ。もちろん経済圏としての中国は飛躍的な発展を遂げてきた。鄧小平が実施した経済優先の「改革開放政策」、さらに天安門事件を経て進展した市場化により、中国は国家的なフレーミングとしては社会主義制度を維持しつつ、実質的な経済活動としては可能な限り市場メカニズムを採用する「社会主義市場経済」を推し進めてきた。しかし芸術に目を向けると、途端に、中国は何世代も前の時代錯誤な悪習にとらわれているとシェンは説く。例えば、この国では毛沢東が、1942年に 「延安における文学・芸術座談会での講話(通称:文芸講話)」で「芸術は政治のためにあり、芸術は農村にある」と発言したため、以後、農村に赴きそこの生活を描くことが美大の必須科目になった。もちろん2017年の現代アートの担い手たちが、毛沢東の唱える社会主義的創作方法をそのまま採用しているわけではない。だが「社会に介入するアート」を思考するとき、中国ではどうしても毛沢東による「思想的遺産」抜きには考えられない現状がいまだあるという。また文革直後のアート・ワールドにおいては、技術優先の伝統的芸術家にあらがうかたちで、前衛作家たちは「思想のあり方」そのものに現代アートの価値を見出し、民主化思想を推進する運動家と結託してデモ活動を行っていった。シェンはそんな歴史的背景をきちんと参照したうえで、現代中国における社会参画型作家たちは、「果たしてアートで何をすべきか」と鋭く問う。新たな思想を築くこと、情報発信すること、現実的な問題解決につなげること。どのようなアートを用いた社会実践がいま必要とされているのか。複雑化する現代中国に接続する、新たな方法論を模索する作家たちを紹介する。

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介入性艺术在中国的历史和现实语境

[:en]Ruijun Shen[:ja]シェン・ルイジュン[:zh]沈瑞筠[:]

シェン・ルイジュン

アーティスト、キュレーター。中国広州、広東時代美術館チーフ・キュレーター。シカゴ美術館附属美術学校とモントクレア州立大学にて修士学位修了。 »more

シンガポール

In Other Guises: Art and Politics in Singapore

[:en]Jason Wee[:ja]ジェイソン・ウィー[:]

ジェイソン・ウィー

シンガポールとニューヨークを拠点に活躍するアーティスト、ライター。シンガポールのインディペンデント・ギャラリー、レジデンシー・スペース、アーティストのための図書館として機能するGrey Projects創設運営者。 »more

日本

日本社会はいま、動乱期にあります。そしておそらく多くの人間が、停滞期から動乱期への移行のきっかけを、 2011年3月11日に発生した東日本大震災と福島第一原発事故に位置づけることでしょう。この未曽有の大事件を契機として、少なくない数の日本国民や日本居住者たちが、戦後何十年も表面的に維持されてきたこの国の様々な社会システムは、じつは「機能的な秩序」を保っていたわけではなく、すでに「機能不全をきたした内部瓦解」に侵されていたことにようやく気づきました。

そしてこの気づきは、和を美徳とする日本人でさえも、ゆるやかな混乱状態に陥るほどの、危機感をたたえていました。立ちゆかない環境エネルギーと原発村利権問題、東京一極中心主義と地域の過疎化、全国的な少子高齢化と国民年金の破綻、負債まみれの国家財政と経済格差の拡大、経済活動を最優先したすえの表現の規制などが、芋づる式に、一気に、自分たちの身に押しよせてきたように思えました。

けれど芸術界にとってはこの混乱状態は、新たな思想を生むための有効な起爆剤ともなりました。人類学者ヴィクター・ターナーが言うように、人びとはある点から別の点へと強制的に移される「過渡性(リミナリティ)」の「宙吊りの状態」に置かれたときにこそ「文化の規制的な構造から自由」となるためです。だからこそフクシマ以後のリミナルな社会に生きるアーティストやアクティビストたちは、今こそ凝り固まった社会構造を根本から問いただすチャンスであると自覚して、芸術と社会、あるいは芸術と政治、のあいだを自在に行き来しながら様々な声をあげはじめました。

Scene/Asia日本キュレーションを担当してくれた大舘奈津子とウィリアム・アンドリューズの二人も、「3.11」を新たな想像力の起点に据えます。そしてこの地点からのちの動乱期の日本社会から生まれた「社会参与を意識したアート・プロジェクト」や、「芸術的に地域に参与する社会運動」を紹介してくれます。

前者に特化してキュレーションを行ってくれたのは大舘です。日本と欧州を行き来してアート・プロデューサー、編集者として活動する大舘は、その国際的な見識をいかして、フクシマ以後、日本政府のお題目となった「2020年東京五輪の成功」のため、あらゆる経済的・社会的弱者の声が弾圧され、数年後の国家的成功を叶えるべく、一枚岩な価値観のもと、人びとが理不尽な協同を強いられている事態を明るみにさらします。大舘は、ジャック・ランシエールが言う「ディスセンサス(不合意)」の理論を基軸に、キュンチョメ、田中功起、藤井光による各作品を選出。これら作品群は大本営的に国家協同体制に疑問を投げかけるべく、不和を生成することを目的とした「摩擦的協同」をテーマに取っています。

翻ってアンドリューズは、戦後日本の政治運動とカウンターカルチャーに関する著書を持つ作家として、主に、フクシマ以後勃発した「芸術的に地域に参与する社会運動」を紹介します。アンドリューズは、政治への直接介入がより困難になってしまったように思える2016年の日本においては、一義的な政治思想に支えられた革命集団を駆動させることよりも、多様でクリエイティブな意識に支えられた「コモンズ」(アンリ・ルフェーブル、デヴィッド・ハーヴェイ)を利用することが、社会的実践としては有効ではないかと説きます。アンドリューズが紹介する「経産省前ひろば反原発美術館」や「海老名マネキン・フラッシュモブ」はまさしく「コモンズ」の意識に支えられ、クリエイティブな感性を滋養としつつ、実社会において実践された社会活動です。つまり芸術的文法を活かして、新たな社会関与の方法論を探っています。逆に高山明による『国民投票プロジェクト』では、原発再稼働の有無に関する国民投票、という政治的作法をあえて引用することで芸術の可能性を拡張してみせます。これら作品を介してアンドリューズは「公共の福祉」と「基本的人権(表現の自由)」にまつわる合法性の根拠となる比較衡量に疑問を投げかけていきます。

岩城京子(Scene/Asiaディレクター)

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東京のあらたな「コモンズ」=共有地を探して

[:en]William Andrews[:ja]アンドリューズ・ウィリアム[:]

アンドリューズ・ウィリアム

ライター、翻訳者。イギリス生まれ。キングス・カレッジ・ロンドン(ロンドン大学)卒。2004年から日本に滞在。2016年に「Dissenting Japan」を出版。»more

不合意を形成するアート、その実験と実証

[:ja]大舘奈津子[:en]Odate Natsuko[:ko]오다테 나츠코[:zh]大馆奈津子[:zt]大館奈津子[:]

大舘奈津子

一色事務所にて、荒木経惟、森村泰昌、笠原恵実子、やなぎみわ、藤井光のマネジメントに携わる。2010年よりウェブマガジン「ART iT」の編集を兼任。»more

韓国

開発独裁のもと弾圧されつづけてきた韓国の「民主主義」

日本人の隣人である韓国は、戦後、わたしたちと似て非なる道を歩んできたようです。似ているのは「成長と開発」を優先したあげく、おのずと精神的貧困を招いてしまったこと。例えば、米国人社会学者エズラ・フォーゲルが「ジャパン・アズ・ナンバー・ワン」と日本型経高度成長を称賛した79年、ちょうど韓国も、「漢江(ハンガン)の奇跡」(漢江は、ソウル中心部を流れる川)とよばれる、急激な経済発展をとげていました。異なるのは、韓国政治の「あけすけな作法」。

日本の政治家が、老獪に、迂遠に、顔なしのような状態で国家を牽引していこうとするのに対し、韓国では対立構図が(とりあえず日本よりは)クリアに浮きぼりになります。例えば同じ79年、韓国では、民主化を弾圧しながら経済成長を推し進めた朴正煕(パク・チョンヒ)大統領に対する怒りが激化し、朴大統領は部下の中央情報局員に射殺されます。その直後、韓国社会では「ソウルの春」と呼ばれる民主化の気運が、瞬間湯沸かし器のように刹那的に高まりますが、翌80年、軍を掌握した全斗煥(チョン・ドゥファン)が民主化運動家を次々に逮捕し、言論、出版、放送などの事前検閲 などを開始したため、韓国は一気に春から冬の時代に突入します。

Scene / Asiaオンライン・キュレーションのトップバッターを務めるキム・ヘジュは、「経済発展と精神的衰弱」「急激な右傾化と、民主主義の衰退」という光と影の図式が、いまでも根深く韓国社会に巣くうことを指摘します。ソウルという巨大都市の、前へ前へと突き進む「開発の論理が、人権の担保に逆行している」と嘆きます。その対立構図の端的なシンボルが、ソウル市内に無数に乱立するアパートです。アーティスト集団「オクイン・コレクティブ」は、ソウル市鐘路区玉仁洞(オクインドン)のオクイン・アパートの再開発地域で、強制退去させられたアーティストなどにより立ち上げられた集団です。彼らは、雀の涙のような金を渡され強制撤去されるアパートで暮らす人びとの声を、自前のラジオ放送局などを介してすくいあげ広めていきます。

弘益(ホンイク)大学周辺にあったカルグクス(棊子麺)屋「ドゥリバン」の店主が、約26万円の金を渡され、いきなり強制退去を言い渡された事件も、同様の開発理論によって引き起こされました。生活基盤を失った夫妻のもとに、地元のインディペンデントなミュージシャンが集い、自分たちの芸術基盤を守ろうとした行為は、韓国に根付く「経済と芸術」の対立構図を打破しようとするアクションです。イム・ミヌクによるサイトスペシフィック・パフォーマンスも、同様に、急激な開発の裏で失われていく風景やコミュニティや記憶を、丁寧にすくいあげていきます。この三作のキュレーションを介してキムは、ソウルこそ、フランスの地理学者ヴァレリー・ジュレイゾーが提唱する「アパート共和国」の最終形態だと伝えます。そして韓国における民主主義は、「なじみのある空間に対して、質問を提起することから出発する」と提唱します。二人目のキュレーターであるソ・ヒョンソクは、自身がアーティストである視点を活かし、批評家としてというよりも創作者としての立場から「民主主義を翻案する」というScene / Asiaのテーマにアプローチをかけます。そしてこのテーマをメタレベルで受け止めて、希望的観測も含みつつ、市民が集う劇場という場こそが、韓国で民主主義を問うもっとも有効な機関になりうるのではないかと問いかけます。ソが理論の土台として引用するのは、ジャック・ランシエール著「美学の政治学:感覚されるものの分配」です。ランシエールを参照しつつ、ソは、行為を促す感覚にじかに影響を及ぼせる芸術表現は、もっとも政治的な行為になりうるはずだ、と議論します。具体的には、劇場形態を問い直す必要があるとソはいいます。西洋近代に由来するプロセニアム型の劇場ではなく、2000年代頃から韓国に輸入されてきたポスト・ドラマ演劇のオープンな形式性は、「新しい劇場形式を生み出しただけでなく、観客、観客性、そして観るものの感覚への働きかけの作法を根本から変えた」とソは言います。メタレベルで「政治性」を捉えるソがキュレーションした作家たちは、身のまわりにある社会を自明のものとして受け止めず、自明性に複数の断線を入れていくことを目的とした作品を生み出します。韓国無形文化財に指定されている歌曲の伝統的訓練を受けたパク・ミンヒは、マン・ツー・マンの状態で、ヘッドホンを装着した観客に歌曲のパフォーマンスを披露することで、庶民の抵抗歌としても使われた歌曲が、集団ではなく個人にもたらす身体感覚を追求します。

キム・ボイヨンは、韓国国立現代美術館の前庭に観客を招き入れ、清渓山(チョンゲ山)の両端からゆっくりと登頂にむかって近づく、二つの光(じつは登山家が背負うライト)を眺めるパフォーマンス。かろうじで、見えるか見えないかという遠くにある光を感知する行為から、身のまわりの風景に対しての新たな感覚が生まれてくるはずだとソはいいます。

キム・ユーンジンによるダンス作品は、韓国最大のスラム街・江南区「九龍村」にあるちっぽけなあばら屋に、客を招き入れることから始まります。そこで客は4つの異なる小屋に隔離され、それぞれ別の物語を伝えられます。その後、自分の体験したストーリーを他者と共有することで、観客は「辻褄のあわなさ」に混乱していきます。「神話としての歴史」がどのように生成されていくのか。このパフォーマンスを体験することで、観客はそのプロセスを実地に検証していきます。
ソの選出した3作は、いわば民主化運動を「個人の覚醒」として翻案する作品群だともいえるでしょう。

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演劇への問い:感覚から覚醒する民主主義

[:ja]ソ・ヒョンソク[:en]Hyun-Suk Seo[:zh]徐贤锡[:zt]徐賢錫[:]

ソ・ヒョンソク

延世大学コミュニケーション大学院教授。サイトスペシフィック・パフォーマンスを手がけるクリエイター。»more

ソウル、開発熱に対抗する新たな場の生成

[:en]Haeju Kim[:ja]キム・ヘージュ[:]

キム・ヘージュ

ソウルを拠点に活動するインディペンデント・キュレーター、ライター、編集者。 »more