Scene/Asia Annual Event in Hong Kong 「アジアで民主主義を非/実践する:パフォーマンス、物語、沈黙」
アジア各地のキュレーター、アーティスト、研究者、ジャーナリスト等が集い、民主主義と芸術について語り合う「Scene/Asia Annual Event」が、さる3月20日、21日の2日間にわたって、香港アートセンター・マコーレースタジオで開催された。
『変容する舞台:民主主義を翻案する』と題し、各地の政治、社会状況を背景にした芸術活動の現在を紹介した昨年に続き、2回目の開催となった今回のテーマは『アジアで民主主義を非/実践する:パフォーマンス、物語、沈黙』。中国、日本、韓国、マレーシア、台湾、シンガポールから、1名ずつアーティストを招き、より具体的で詳細な活動の手法や思想を聞きつつ、アジア地域が抱えるさまざまな現実に、芸術(パフォーミングアーツ、パフォーマンス)がどのように応えられるか、活発な議論が交わされた。
Day1のAsian Artists Interview Marathonでは、参加アーティストがそれぞれの活動について報告。精力的な活動家としても知られるファーミ・レザ(マレーシア)、鋭い知性と批評性を持ったインスタレーションで現代的課題に取り組むホー・ルイアン(シンガポール)のプレゼンテーションでは、各国の歴史、政治状況と芸術活動をめぐる抑圧、それに対抗する各自の活動手法が語られた。また、香港在住の劇作家、キャンディス・チョン・ヌイグァンは、自身の劇作を紹介しつつ、現実に起こった事件、社会課題を扱うようになった経緯、中国本土と香港の表現規制の現状に触れた。伝統音楽「パンソリ」を使った『語りの方式、歌いの方式』や、北朝鮮のプロパガンダをリツイートした青年が逮捕された事件の顛末を追う『The reds』の創作にいたる思考を軸に、演劇、劇場と民主主義について語ったのは、韓国のパフォーマンスグループ、グリーンピグのユン・ハンソル。パク・クネ政権下で起こった、助成金を通じた検閲問題についても、当事者の一人としてコメントした。この日最後のインタビュイーとしてプレゼンテーションを行った高山明は、東日本大震災直後に発表した『国民投票プロジェクト』、日本とアジアとの複雑な関係を現在の街に浮かび上がらせる『東京ヘテロトピア』『北投ヘテロトピア』などを例に、政治や歴史と演劇がいかに切り結べるか、多層的な現実、その矛盾を可視化する自らの表現手法について説明した。ファーストフード店を会場に、難民や移民による「授業」を提供する最新作『マクドナルド放送大学』では、グローバル企業の代表格、マクドナルド社とも協力関係を結んだ高山。現実社会と芸術との関係に新たな視野を提示するその方法論には、さまざまなコメントが寄せられ、この日はもちろん、翌日に続く議論のベースとなった。
Day2は、台湾の映像作家、チェン・ジエレンの基調講演でスタート。工場閉鎖により強制的に職を追われた労働者に焦点をあてた『ファクトリー』、グローバル化の波に襲われるハンセン病患者のための療養院を追った『残響世界』など、資本主義と労働者との関係を軸においた作品の紹介は、前日の高山明の『マクドナルド放送大学』とも共通する問題意識の上に立つものだ。「アジア地域では、民主主義という制度の埒外におかれる人々が多く存在する。それは、この“良き”制度自体が、労働システムへの経済的貢献の度合いを重視する西洋的近代思想に基づいて作られているからだ」と語るチェン。そのような社会から脱落、排除された人々は、やがて安全、安心を得られる生活拠点やコミュニティ=不可視の療養施設(サナトリウム)を形成していく。講演終盤に投げかけられた「アーティストとしての私たちは、サナトリウムに共に暮らすか、その建設者となるべきか。(おそらく、その両方だ)」との言葉が、重く響く。
休憩を挟んだ後半はシンポジウム。チェンの言葉を引き継ぐ形で、民主主義のシステムから取り残された人々の姿をいかに可視化するかを中心に議論は進められた。どのような社会においても、表現者はそうした人々の声を、自らのものとして捉えることを求められる。香港在住のキュレーター、長谷川仁美は、「日本から日々流れてくる悲劇的なニュースに心を傷めることは多いが、それは氷山の一角でしかない。そうした取り残された不可視の状況をデータとしてではなく、拾い上げていくことに可能性を感じている」とコメントした。また、この議論において印象的だったのは、高山やユン、チェンが、旧来の民主主義運動の機能不全を前提に活動するのに対し、レザが、よりストレートな行動、民衆の代弁者としての活動の意義は残されていると語ったこと。地域ごとの社会状況、民主主義の移入の段階、それに呼応した表現手法の違いが、そこには明確に浮かび上がっていた。ベンヤミンを引用した高山が、(都市生活における)遊歩者、迷子としての振る舞いが革命への最良の道であるとする一方で、レザは、革命は行動の問題だと主張する。とはいえ、その論点は、それぞれが共通して民主主義の捉え直しや再構築、翻案の方法を模索する、アジアの現在を再認識させるものでもあった。
終盤の質疑では、国際的と目されるアジアのアーティストの多くが欧米由来の知識や教養、手法をベースに活動を展開する一方で、アジア間での情報、課題共有が進まないとの声も、Scene/Asiaのメンバーの間であがった。同じくプロジェクトメンバーで、高山のインタビュアーもつとめた相馬千秋は「その課題こそScene/Asiaが扱うべきもの。各地域の差異を受け止めつつ、課題を共有し、さらなる創造、批評の場をつくっていきたい」と応え、2日間のインタビュー、ディスカッションを締めくくった。
◇Asian Artists Interview Marathon Vol.1 ファーミ・レザ(モデレーター:岩城京子)
ナジブ・ラザク首相を道化に見立てたグラフィティは、政府に対する抗議活動のシンボルとなったが、そのために彼は逮捕、訴追もされている
◇Asian Artists Interview Marathon Vol.2 ホー・ルイアン(モデレーター:ルカ・ラム)
シンガポールの緑化イメージ戦略を端緒にした『Screen Green』など、シンガポールの「フラット」な社会にわずかでも斬りこむ表現を実践する
◇Asian Artists Interview Marathon Vol.3 キャンディス・チョン=ヌイグァン (モデレーター:シェン・ルイジュン)
『French Kiss』、『Wild Boar』で実際の出来事を扱ったチョンは、劇作は、事実とはまた別の心理や構造の発見をもたらすという
◇Asian Artists Interview Marathon Vol.4 ユン・ハンソル (モデレーター:キム・ジュヨン)
光州事件を扱った『語りの方式、歌いの方式』では、伝統音楽のパンソリを用いて当事者の声を浮かび上がらせるなど、題材に応じて手法、創作プロセスも変化させてきた
◇Asian Artists Interview Marathon Vol.5 高山明 (モデレーター:相馬千秋)
『マクドナルド放送大学』は、今後、ギリシャ・アテネへ、難民たちのたどったバルカン・ルートに沿って展開され、欧州縦断プロジェクト『ヨーロピアン・シンクベルト』を構成する
◇Key Note Interview チェン・ジエレン(モデレーター:ゴン・ジョジュン)
日本統治時代に建設されたハンセン病患者のための療養院に今も暮らす人々を追った『残響世界』は、日本でレクチャーパフォーマンス版も上演された
Scene/Asiaのプロジェクトメンバーや参加者からは、各アーティストの表現手法や思考のほか、各地の検閲の状況、社会課題などについて、質問やコメントが相次いだ。